「ほっ」と。キャンペーン

<   2014年 10月 ( 7 )   > この月の画像一覧

「あぶり餅」がついで?「今宮神社」がついで?かざりや@京都

連れが提案したこの日のスケジュールは、建仁寺 ⇒ 大徳寺 ⇒ 今宮神社と書かれていました。
a0122931_192276.jpg

しかし、大徳寺を訪れた後、今宮神社方面に向かうも、連れは、今宮神社をスルーして、参道にある此方の暖簾を潜るではありませんか。
a0122931_193188.jpg

「あぶり餅 本家・根元 かざりや」
a0122931_1911693.jpg

きょとんとしている自分を見て、この前、来た時は、「一和」に入ったから、今回は「かざりや」にする!と言って、当たり前のように店の奥へ足を進めていました。
a0122931_199235.jpg

a0122931_199551.jpg

今宮神社の裏手にある西門に続く参道には「一文字屋和助」と「あぶり餅 本家・根元 かざりや」の2軒のあぶり餅の老舗が向かい合って営業しているんです。
a0122931_19102356.jpg

そして、この時、分かりました。
今宮神社が目的ではなく、あぶり餅が目当てで今宮神社に来た事が・・・。
a0122931_1910018.jpg

連れの動機は不順ですが、この辺り、歴史を感じる風情があり、なかなか良い雰囲気です。
a0122931_19101920.jpg

「あぶり餅」と言うものの存在を、この日、初めて知りましたが、古くから多くの人達に親しまれている伝統的な甘味なんですね。
「一和」は約1000年以上も前から、「かざりや」も400年近く前から営業しているそうです。
お店は、間口が広く、開放的で、座敷の広間の他、庭に面した縁側の席も設けられていました。
a0122931_1910939.jpg

店先では、あぶり餅を作っている光景を見る事も出来ます。
a0122931_19112131.jpg

a0122931_198312.jpg

あぶり餅は、親指大にちぎったお餅を細い竹串に刺し、それを炭火で炙り、きな粉をまぶし、京の白味噌をベースにした甘いタレが塗られたもの。
1人前500円で、10串ほど盛られ、お茶と共に供されます。(お茶は急須と共に出て来ます)
ルックスは、どこか愛嬌があって、とてもチャーミングです。
a0122931_19113885.jpg

歴史を感じる風情ある佇まいの中で、お茶と共に戴くあぶり餅。
時間が止まっているようで、のんびり出来ます。
a0122931_19111529.jpg

連れは、程良い甘さと言っていましたが、甘いものが苦手なヲイラには、甘過ぎて、3本食べるのがやっとでした。
a0122931_19112879.jpg

あぶり餅を戴いて、のんびり休息を取った後は、目的の?今宮神社に参拝です。
a0122931_1983947.jpg

かざりや
京都市北区紫野今宮町96
075-491-9402
10:00~17:30
定休日水曜日
[PR]
by kansukenator1 | 2014-10-30 23:57 | カフェ/スウィーツ | Comments(0)

ジャック・ブルース逝去!

元クリームのベーシスト兼ボーカリストで、世界屈指の名ベーシストであるジャック・ブルースが、10月25日、71歳で、この世を去りました。
肝臓を患い、長い闘病生活をしていたと言います。知りませんでした。
a0122931_1232452.jpg

クリームと言えば、ツェッペリンやディープ・パープル、ジャフ・ベック・グループ等に影響を与え、後のロック界の礎を築いたスーパーバンド。
リアルタイムで聴いていた訳ではありませんが、そのハードで技巧的でソウルを感じるサウンド、そして3人が火花を散らすアドリブの応酬は鳥肌が立つ程、格好良かったです。
クラプトンの方が目立っていたかも知れませんが、ヲイラはジャック・ブルースの方が好きでした。

そして、ジャックは作曲家としても凄い才能を持っていました、
「サンシャイン オブ ユア ラブ」、「ホワイトルーム」、「クロスロード」、良い曲だよなぁ。

クリームのインパクトが余りに大きいので、つい、「元クリームの・・・」と言ってしまいますが、クリームは僅か2年半しか活動しなかったバンドな訳で、ジャックは、その前も、クリーム解散後も多方面で活躍していた訳です。
レコードは実家に置かれたままなので、この日はCD(クリームのベスト盤)を聴いて追悼しました。

合掌
[PR]
by kansukenator1 | 2014-10-27 23:29 | MUSIC/アート | Comments(0)

湘南フレンチから京都フレンチへ移行中!祇園MAVO@京都

ジャンルを越えて、昨年、ヲイラが最も感動を受けたお店は、小田原城の近くにあるフレンチレストラン、「ラ・マティエール」でした。
a0122931_12473058.jpg

その研ぎ澄まされた鋭い感性と、高い美意識、一切の妥協を排し、独自の世界を疾走する独創的、且つ攻撃的な西村シェフの料理、そしてゲストに対するホスピタリティの高さ。
たった1度、しかもランチを戴いただけで、シェフの料理に完全に打ちのめされてしまいました。
a0122931_1246585.jpg

そして、素晴らしいレストランと出逢い、今後の楽しみが増えたと喜んだのも束の間、年内で店を閉め、京都に新しい店をオープンすると言う話を聞き、愕然とした事を覚えています。
a0122931_12463060.jpg

あれから、1年余り経った今年7月、西村シェフは京都に自身の新たな店、「祇園MAVO」をオープンさせました。
当初の予定では、もっと早い時期にオープン出来る筈だったらしいのですが、色々なトラブルが続き、時期が延びてしまったそうです。
a0122931_12414946.jpg

シェフは、収入のない長いクローズド期間を皮肉って、「”閉店痩せ”しちゃいましたよ」と笑っていましたが、確かに、ちょっとお痩せになり、より精悍な良い男になったような・・・。
ここに漕ぎ着けるまでに苦労が多かったのだと思います。
a0122931_12475810.jpg

さて、新しいお店の場所ですが、八坂神社の正門である南楼門(賑やかでない方の門が正門です)からすぐと言う至極便利な立地にありながら、喧騒から離れた閑静な街並みにある為、隠れ家的なレストランと言う雰囲気もあります。
a0122931_12463325.jpg

1ヶ月程前に予約を入れ、オープンから2ヶ月経った9月末、京都旅行2日目のディナーにお邪魔しました。
予約時間の午後6:30過ぎに店に到着すると、マダムが玄関で迎えてくださり、中へ案内されました。
a0122931_1242288.jpg

店内は、2部屋あり、手前の部屋はランチタイムとカフェタイム、奥の部屋がディナータイムに使われているようです。
奥のメインダイニングは、部屋の色調もインテリアもすっきりシンプルながら、明るくモダンでスタイリッシュ。
a0122931_12414812.jpg

そして、このメインダイニングには、料理の鉄人のキッチンスタジアムと言うのは大袈裟ですが、広々とした美しく豪華なオープンキッチンが備えられており、料理に取り組むシェフやスタッフの動きをテーブルから見る事が出来、お客としては楽しい造りになっています。
また、テーブルは、丸テーブルが3卓、ゆったりと配置されています。
a0122931_1247795.jpg

スタッフも、シェフとマダムの2人体制から、若い男性料理人2人、学生アルバイトの女性1人を加えた布陣に強化されていました。
a0122931_12434465.jpg

オペレーションは、「ラ・マティエール」時代のスタイルを踏襲しており、ランチタイム、ディナータイム共に完全予約制で、料理はシェフのお任せコース1本のみ。
(ランチ:5,000円、ディナー:10,000円、税・サービス別)
料理は各テーブル同時進行のスタイルも小田原時代と同様です。
a0122931_12431543.jpg

ワインは、料理一皿毎に合わせてバイ・ザ・グラスで提供されるペアリングワインをお願いしました。
(ちなみに、このペアリングワイン、凄いCPで、実にお得です。)

そして、この日のコースの内容は、こんな感じでした。
       ↓
最初に供されたのは、京都らしく、「おうす」でした。
a0122931_12294295.jpg

「はじまりは卵から」と題されたアミューズ

魚醤のエスプーマで覆われたカップにスプーンを入れると、中には色鮮やかな「卵黄のコンフィ」と「薫したイクラ」、そして「クルトン」が潜んでいました。
そして、そこには仄かなエスニックな風味も・・・。
聞き間違えでなければ、これは、何とアルバイトの女子大生の作品だとか・・・。
卵たちが持つ官能的な旨みと、魚醤の風味が良い塩梅で1つに纏まっていて、とても美味しいアミューズでした。
a0122931_12303526.jpg

シャンパーニュは、アグラパールのブラン・ド・ブラン。
4つの特級村を含む7つの村のシャルドネから造られたキュヴェで、B.B.とは思えないふくよかな味わい。
さすがは、ブラン・ド・ブランのスペシャリストと言われるだけあり、何でこんなに美味しいの?
今日は、これで通したい!と思ってしまった程。
a0122931_1237287.jpg

鳴門金時のブルーテ

美しいターコイズブルーの器で供された鳴門金時のブルーテ。
素材が持つ味の力強さと、和風テイストの出汁が効いた優しい味わいの一皿。
スープに浮かべた黄色い花びらは金魚草。
a0122931_12321544.jpg

これに合わされたワインは、モレ・サン・ドニの老舗ドメーヌ、「ミッシェル・マニャン」のシャルドネ。
柑橘系の爽やかな香りとフレッシュな酸を感じるワインでした。
a0122931_1237256.jpg

BOYA FARM 仔羊のパテ

北海道池田町にある飼育頭数日本一の羊牧場、BOYA FARMの仔羊を使った一皿。
写真左上がパテ、肉がぎっしり詰まっていて、非常に力強い味わい。
右上は、すね肉の煮込みで、やや甘めの味付け。
右下は、ローズマリーの風味が効いたロースのグリエ。
仔羊の美味しさを一番引き出していたのは、このグリエかな・・・。
a0122931_12321780.jpg

こちらに合わされたのは、アルザスのドメーヌ、「ツィント・フンブレヒト」のピノ・ノワール。
a0122931_12375100.jpg

子持ち鮎と名残り天然鮎のリエット

この子持ち鮎は、煎茶で4時間炊いた後、ムニエルにしたと言う手間の掛かった一皿。
ムニエルの下には、鮎の血合いで作られたリエットが敷かれており、これと一緒にかぶりつくと、仄かな苦味を含んだ大人のお味が口の中に広がります。
a0122931_12313382.jpg

横に添えられたリゾットは、先程の鮎を炊いた煎茶で炊き上げられているとの事。
リゾットの上の白い泡は、利尻昆布の出汁のエスプーマ。
そして、このリゾットが絶品でした。
鮎の旨みをたっぷり吸い、バターの芳醇な香りを纏った米は、絶妙のアルデンテで炊き上げられており、悶絶する程の美味しさでした。
a0122931_12321493.jpg

これに合わされたワインは、ビオディナミの伝導師ニコル・ジョリーの「サヴニエール レ ヴュー クロ 2010」。
葡萄はシュナン・ブラン。
輪郭がはっきりした個性的な味わいのヴィオ・ワインで、鮎の持つ苦味と良く合っていました。
a0122931_12374081.jpg

スッポンと松茸のロワイヤル風

蓋付きの美しい器で運ばれたのは、スッポンと松茸のロワイヤル風と名付けられた料理。
蓋を空けると、えも言われぬ香りが・・・・。
a0122931_12322468.jpg

そして、器の中はと言うと、底はフラン状になっており、その上に、スッポン、松茸、毛蟹等、贅沢な食材が、とろみの付いたコンソメの海を漂っていました。
至福の香りと深い味わい、フレンチと言うより、和食に近い一品でしたが、先程の鮎のリゾットと共に、この日、一番、刺さった一皿でした。
a0122931_1232183.jpg

これに合わされたワインは、勝沼のワイン。
甲州と言う葡萄で造られた「鳥居平今村 鳥居平ブラン キュヴェ・ユカ 2004」と言うワインでした。
2004年は、最高のヴィンテージで、特別なキュヴェだとの事。 
色は、フランスのジュラのワインを思い起こすような麦藁色。
香りや味わいはシェリーや紹興酒のようなニュアンスを感じる熟成したワインで、お料理との相性もばっちりでした。
a0122931_12374222.jpg

鱸のポワレ ブルターニュオマールのジュで

瑞々しい茄子と鱸のポワレ。
皿一杯に敷き詰められた色鮮やかなオマールのビスクソースが美味し過ぎ。
a0122931_12324243.jpg

これに合わされたワインは、「リンティクラルス」と言う名のイタリアのシャルドネ。
バニラ香を感じる芳醇なワインで、バターの効いたビスクソースと好相性。
a0122931_1240433.jpg

リセット、青森赤りんご/ジェネバ

ここで、ちょっと口直し。
青森県、鯵ヶ沢町産の「ジェネバ」と言う果肉まで赤いりんごを使ったソルベとコンフィチュール。
グラスの底には生の桃も・・・。
a0122931_12342100.jpg

マダムビュルゴー ルーアン鴨のアンチェロティー

メインは、凄いものが出て来ました。
日本には週に10数羽ほどしか入らないと言われる貴重な鴨、マダムビュルゴーのルーアン鴨。
しかも、それを1羽丸焼きにしたアンチェロティーです。
a0122931_12341028.jpg

ソースはピガラートソース。
最高の素材を完璧な火入れで仕上げられた此方、美味しくない訳がありません。
添えられた野菜は、四角豆。
a0122931_12344310.jpg

これに合わされた最後のワインは、ボーヌの「ロワ デュフルール」と言うドメーヌのピノ。
適度なタンニンと酸味を伴った熟成した味わいで、濃厚なソースに負けな力強さも備えたワインでした。

a0122931_12385650.jpg

フロマージュ

フロマージュは、ロックホールwithハチミツ、カマンベールwithピスタチオ、シェーブルwithイチジクの3種。
そして、大好きな生アーモンドも・・・。
a0122931_12345584.jpg

デザート

デザートは、ビオレソリレスと言う黒イチジクのパイ包み。
(パイの下には抹茶のパウダー、上には紅茶のゼリーがトッピング)
そして、バニラとオレンジのドルチェ。(周りには、クラッシュしたコーヒー豆が散りばめられていました。)
a0122931_12342786.jpg

ドリンクはコーヒー、紅茶、ハーブティー等の選択肢がありますが、コーヒーをお願いすると、ケニア産のアラビカ豆で淹れたコーヒーが、大きめのワイングラスに注がれて登場しました。
非常に香り豊かなコーヒーで、テーブルにグラスが置かれた瞬間、一面に美味しい香りが広がりました。
a0122931_12353638.jpg

小菓子

続いて、祇園MAVOの名前が刻まれた2段重が目の前に運ばれました。
まだ、出るの?と言う感じです。
お腹は、とっくに、ピークメーターを振り切っています。
a0122931_123583.jpg

そして、蓋を開けると、これ、「小菓子」って言わないでしょう!」
と言いたくなる立派で、凝り懲りの「作品!」が目に飛び込んで来ました。
枯山水の庭園に見立てた一の重?は、和三盆の砂利が敷き詰められ、金平糖の島、もみじの葉が配されています。
そして、もう1つのお重には、薩摩芋のシュー包み、マシュマロ、ほおずき等が美しく並べられていました。
a0122931_12355462.jpg


**********************

食事を終えての感想ですが、「ラ・マティエール」は、これぞフレンチ!と言うど真ん中のフレンチでしたが、新店では、かなり和の要素が加わった印象を受けました。
意識的にそうされているのか、はたまた、京都に店を構えた事で、京都ならではの豊富な和の食材に出合い、自然とそうなったのかは分かりませんが・・・。
a0122931_1243393.jpg

各々の料理については、非常に感動的な料理がある反面、あまり印象に残らない料理もあり、全体としては、「ラ・マティエール」で戴いた時の感動には及びませんでした。
しかし、それは、当たり前と言えば、当たり前ですよね。
シェフは、小田原から京都に移って、また「ラ・マティエール」をやろうなんて思っていないでしょうし、京都と言う新天地で、新たな自分のフレンチを創造して行こうと、今、スタートしたばかりですからね。
ですから、以前とスタイルが変わる事も当然ですし、今は、色々な面で試行錯誤の連続だと思います。
そう言う状況の中で、ある程度完成の域に至っていた以前の店と比較するのは意味がない事でした。(反省)
a0122931_12471935.jpg

料理に対して、人一倍の熱い情熱をお持ちのシェフですから、来年の今頃は、きっと、びっくりするような新しい京都フレンチを完成させているような気がします。
京都を訪れた際は、また伺わせて戴きます。
a0122931_12471679.jpg

祗園MAVO
京都市東山区下河原通上弁天町440 舞風館1F
075-708-6988
lunch・・・12:00入店-12:15料理スタート
dinner ・・18:30入店-19:00料理スタート 
定休日 火曜日(不定休)
[PR]
by kansukenator1 | 2014-10-19 12:28 | フレンチ | Comments(0)

ビフォァ&アフター!アナタはどちらがお好み?平等院鳳凰堂@京都宇治

京都旅行最終日の訪問先は「伏見稲荷大社」と宇治の「平等院」、他。
平等院は、言う迄もなく、10円硬貨のデザインでお馴染みのアノ寺院です。
a0122931_1825243.jpg

そして、この平等院、2012年9月から始まった平成の大規模修復工事をほぼ終え、今年4月より約1年半ぶりに堂内の拝観が再開されたとあって、人気の高い京都の観光スポットの中でも、今、最も熱い視線を集めているスポットの1つではないでしょうか。
a0122931_18361434.jpg

ヲイラが平等院を訪れるのは修学旅行を含めて3回目。
前回訪れたのは、平等院の後方に2棟の高層マンションが建設され、景観が損なわれるとして大きな社会問題となっていた頃なので、もう20年近く前の事になります。
建物好き、そして安藤忠雄好きな男達と共に、安藤忠雄ゆかりの建造物を観に、京都・大阪を旅した時に立ち寄ったのでした。
a0122931_1824398.jpg

京都駅からJR奈良線に乗り、宇治駅で下車。
駅前の商店街を抜けると鳥居が現れ、お土産屋さんが建ち並ぶ参道を少し歩くと、平等院の「表門」が見えて来ます。
a0122931_18235411.jpg

拝観料600円を支払い、中に進みます。
別途300円で、鳳凰堂の内部拝観が出来るのですが、さすがに、今、旬のスポット、まだ午前10:00だと言うのに、2時間待ちと言う事で、「が~ん!」です。
前回、訪れた時は、こんなに混んでいなかったし、堂内拝観もすんなり入れた気がしましたが、世界遺産登録と大規模修復の効果は大きいですね。
と言う事で、堂内拝観は断念。
a0122931_18355414.jpg

「表門」をくぐり、中に進むと、左手に藤枝、右手に修復工事を終えたばかりの「鳳凰堂」が目に入って来ます。
a0122931_18251556.jpg

今回の修復工事は、平安時代に使われていたとされる赤褐色の顔料「丹土」で柱などを塗り、瓦は光沢の少ないものを使い、屋根に乗った「鳳凰」や「宝珠」、扉の釘隠し等は、創建時の金色に復元する等、56年前の昭和の修復工事の時とは異なるアプローチで取り行なわれたそうです。
a0122931_18261819.jpg

その為、今回の修復工事で、鳳凰堂は、創建時の華やかな雰囲気を取り戻し、「平安時代に最も近い姿で甦った」と評されています。
a0122931_1826877.jpg

中堂屋根上の「鳳凰」も金ピカに・・・。
a0122931_1836316.jpg

a0122931_1837127.jpg

翼廊楼閣上の「宝珠」も金ピカに輝いていました。
a0122931_1841369.jpg

しかし、この辺は、賛否が分かれるところだと思います。
子供の頃、10円玉にタバスコを振り掛けると金ピカになると言う遊びをされた方も多いかと思います。
10円玉はピカピカの方が綺麗で良いですが、鳳凰堂の場合はどうでしょうか?
a0122931_18433595.jpg

くすんで色褪せていながらも歴史を刻んだ重厚感ある姿のまま残した方が良いのか?
はたまた、今回のように、創建当時の姿を忠実に再現した方が良いのか?
これは、個人の好みと簡単に片付けて良い話なのか、難しい問題ですね。
とは言え、1000年も昔になる鳳凰堂の当時の姿を、今、見れると言うのは凄い事だと思います。
a0122931_18435296.jpg

話は変わって、ここで、ちょっと、歴史のお勉強。
平等院は9世紀後半に造られた源融の別荘を、藤原道長が譲り受け、後に、その子藤原頼通が受け継ぎ、永承7年(1052年)に、これを寺(平等院)に改めたのが起源。
そして、その翌年、天喜元年(1053年)に阿弥陀堂(=鳳凰堂)が建造され、木造阿弥陀如来座像が安置されたとされています。
a0122931_18415139.jpg

「鳳凰堂」は、もとは「阿弥陀堂」と呼ばれていた建物で、「鳳凰堂」と呼ばれるようになったのは江戸時代からとの事。
「鳳凰堂」と呼ばれるようになった由来については、中堂、左右の翼廊、尾廊が羽を広げた架空の鳥「鳳凰」に似てるためという説と、中堂の屋根の両端に付けられた「鳳凰」の像に因んでいるという説の2説があるらしいです。
a0122931_1842470.jpg

建造当時の平等院は、非常に規模の大きな寺院だったそうですが、その後の相次ぐ戦乱や藤原家の衰退により、当時から今に残っているものは、「鳳凰堂」と鎌倉時代に再建された「観音堂」だけと言う事。
a0122931_1842860.jpg

このように、約1000年前に建立された建造物や仏像が今に伝えられ、世界遺産として、更に後世に受け継がれて行こうとしている事は素晴らしい事ですね。
しかし、それは並大抵な事では出来ない事の事実。
a0122931_1841911.jpg

平等院は平安時代後期、11世紀の建築、仏像、絵画、庭園などを今日に伝え、「古都京都の文化財」として世界遺産に登録されている寺院です。
鳳凰堂は、本尊・阿弥陀如来座像を安置する「中堂」、その左右に設けられた「翼廊」、中堂の後方に延びる「尾廊」からなり、極楽浄土の情景を現すべく、究極の美しさを求めて造られた建造物です。
a0122931_18405024.jpg

しかし、この美しさを実現する為に、建造物としては大きな負担が掛かる構造となっている事も否めず、これまでも幾度となく、大規模な修復工事を繰り返して来ました。
今回の修理も、昭和に行なわれた大規模修理から56年ぶりの修理だそうです。
a0122931_18405333.jpg

また、平等院の庭園は浄土式の借景庭園として史跡名勝庭園に指定されています。
a0122931_18374595.jpg

これに関しても、平等院は、長年に亘り、境内の発掘調査を行なっており、新事実の発見があると、その調査データに基づき、当時の姿への復元工事を行なっています。
a0122931_1837548.jpg

この反り橋、平橋も、こうした調査データに基づき、2000年に架橋されたそうです。
a0122931_18472165.jpg

このように、平等院は、現状復帰の修理に留まらず、調査活動を通して知り得た新たな歴史的事実は、出来る限り忠実に再現する努力が続けられているところが素晴らしいと思いました。
a0122931_18434972.jpg

庭園を一通り、散策した後は、別棟にある「鳳翔館」なるミュージアムを見学。
「鳳翔館」は、平等院に伝わる国宝品等、貴重な品々を保管・展示していた博物館(=宝物館)の老朽化に伴い、2001年に開設された施設。
建物は、和風モダンの近代的な建物なのですが、鳳凰堂や庭園との景観のバランスに配慮し、施設の殆どの部分が地下に埋められた設計となっています。
a0122931_18371323.jpg

大した期待もなく、足を踏み入れたのですが、これが、なかなかの充実ぶりで、見応え十分。
近代的な建物の中は、まさに、いにしえの貴重な品々の宝庫でした。
国宝である「梵鐘」や「雲中供養菩薩26体」が展示されている他、大改修前の平等院を彩っていた「鳳凰」や「屋根瓦」の姿も目にする事が出来ます。
a0122931_18434265.jpg

また、館内では、鳳凰堂の内部の様子、壁画や柱等の彩色をCGで復元した映像が流されており、これも必見です。
この他、今回の大改修の様子や、そこに携わった職人達の技や情熱等、歴史を受け継ぐ大事業の裏側の世界も紹介されていた点も興味深かったです。
a0122931_18262644.jpg

僅か、1時間ちょっとの拝観でしたが、古代よりの日本人の美意識の高さと、精巧な技術力を改めて再認識させられました。
a0122931_136752.jpg

此方は、平等院表参道の入口にある宇治橋。
a0122931_1849026.jpg

a0122931_18492712.jpg

これは、宇治橋近くに設置された紫式部の石像
帰りは、宇治橋を渡り、京阪電鉄の宇治駅から中書島を目指しました。
a0122931_1848306.jpg

[PR]
by kansukenator1 | 2014-10-14 23:47 | 散歩/旅行 | Comments(0)

あの千本鳥居が見たくて!伏見稲荷大社@京都伏見

魅力的な観光スポットが多過ぎて絞り込むのが一仕事と言う京都にあって、伏見稲荷は自分的には、羨望の対象からは少し遠いところにある神社でした。
どちらかと言うと、神社仏閣は、煌びやかなタイプより、渋いタイプの方が好みなもんで・・・。
a0122931_1915526.jpg

でも、以前、JR東海の「そうだ、京都、行こう」のCMで見た「千本鳥居」の幻想的な印象が頭の中に残っており、これだけは1度は見てみたいと思っていました。
a0122931_1921135.jpg

調べてみると、立地的には、京都駅からJRで15分程と遠くないので、平等院に行く前に、ちらっと寄ってみました。
JR稲荷駅を降りると、歩く間もなく、もう目の前が伏見稲荷でした。
a0122931_1857471.jpg

この大きな鳥居は第一鳥居かな?
鳥居をくぐり、中へ進むと、早い時間にも拘わらず、既に、大勢の観光客で賑わっていました。
a0122931_18565130.jpg

ここは、全国に3万社はあると言われる稲荷神社の総本山で、初詣の人出ランキングでは、常に全国で上位に名を連ねる常連(関西では1位)。
そして、外国人からも人気があるようで、とある雑誌の2014年の「外国人に人気の日本の観光スポット調査」では、堂々の1位を獲得しているそうです。
a0122931_18573365.jpg

これが第二鳥居で、その奥に見えるのが「楼門」。
a0122931_18572137.jpg

「楼門」は重要文化財との事です。
a0122931_1858835.jpg

稲荷神社なので、「楼門」の左右には狛犬ではなく、精悍な顔立ちの2対の狐様が鎮座しておりました。
a0122931_1858642.jpg

いい歳して恥ずかしい話ですが、稲荷神社って、どんな神様が祀られている神社なのかも知りませんでしたし、何故、狐なのか?も考えた事がありませんでした。
と言うか、狐が神様として祀られている神社なのかな?くらいに漠然と思っていました。
a0122931_18581537.jpg

そんな、ヲイラのような恥ずかしい人が、他にも居らっしゃるかも知れないので、正解をご紹介します。
「稲荷」と言うのは、「稲を荷う」という意味で、五穀や食物を司る「農耕の神様」で、「五穀豊穣」にご利益があるのだそうです。
農民にとっての「五穀豊穣」は、商人にとっての「商売繁盛」にあたるものと言う事から、いつしか、全国どこにでもあると言われる程の広がりを見せ、「犬の糞」とまで言われたそうです。
a0122931_1858301.jpg

そして、狐については、昔から神聖な動物と見做されており、諸説あるようですが、「昔、畑の食物を食い荒らすしや動物を食べてくれて豊作になった」と言う言い伝えがある事から、神の使いとされたと言う説があるようです。
ちなみに、稲荷神社は、当初は農業の神を祀る神社でしたが、現在では、産業全般の神として信仰されているそうです。
これは、外拝殿だったっけな?
a0122931_1901486.jpg

a0122931_1902417.jpg

そして、これは内拝殿?
a0122931_1903183.jpg

a0122931_1903077.jpg

a0122931_1901451.jpg

この奥にあるのが本殿?
本殿は、応仁の乱で焼失した後、明応八年(1499年)に再建された物で、これも重要文化財だそうです。
a0122931_1912233.jpg

千本鳥居が見たいだけで寄ったので、他の場所は軽く流しちゃったので、よく覚えていませ~ん。汗
a0122931_19125937.jpg

そして、「出た~! 千本鳥居」、「いや~、本物だ~!」
朱色の無数の鳥居がトンネル状に並ぶ姿は、あのCMで見たアレです。
a0122931_1915526.jpg

入口は左右に分かれていますが、行き着く先は同じところ。
左側の道は曲がっており、右側の道はまっすぐ伸びています。
左側の道を歩きました。
a0122931_1921135.jpg

千本鳥居は、伏見稲荷大社にお参りに来た人が、願い事が叶ったお礼として鳥居を奉納する習慣が広まったものとの事。
そして、今も、鳥居を奉納する人が後を絶たず、スポーツ選手や芸能人等の有名人の名前も数多く見られるようです。
そして、その数は、今や千本どころではなく、5千本とも1万本とも言われているそうです。
a0122931_193022.jpg

千本鳥居を暫く歩くと、奥社奉拝所が現れます。
ここが、千本鳥居の終点? 鳥居はまだまだ続いていますけどね・・・。
a0122931_194156.jpg

奥社奉拝所は、一般的には「奥の院」と呼ばれ、背後にある稲荷山を遥拝するところ。
社殿にはキツネの顔をかたどった絵馬がたくさん奉納されています。
絵馬には予め眉毛だけが描かれていて、これに目や鼻、口をおもいおもい自由に描いて奉納するようです。
a0122931_193815.jpg

社殿の右奥には石灯篭があり、「おもかる石」と言う神石が置かれています。
ここで、願い事をして、丸い石を持ち上げ、予想より軽かれば願いが叶い、重ければ叶わないと言われているそうです。
試してみると、残念ながら、予想より重く感じてしまいました。涙
a0122931_1962547.jpg

奥社奉拝所を過ぎても、鳥居はまだまだ続きます。
ここから先は、稲荷山の頂上へ向かう参詣路となっているようです。
a0122931_1973345.jpg

もう少し、歩いてみる事に・・・。
すると、鳥居が一瞬途切れたところに、「竹林の静宮・神寶神社」なる看板があり、ちょっと寄り道してみる事に・・・。
参道を右に外れ、山道を登っ行くと、うっそうとした竹林があり、その近くに「神寶神社」はありました。
a0122931_12392182.jpg

神寶神社の神寶とは十種神宝(とくさのかんだから)の事で、神社の由緒略記には、我が国最古至尊の神器十種神宝の御守を授け給いて・・・と書かれていました。
写真では分かりづらいですが、神殿の両側には狛犬ならぬ狛龍が置かれており、龍にゆかりのある寺院なのかも知れません。
a0122931_1972719.jpg

再び、参道に戻り、もう少し、先に進む事にしました。
伏見稲荷大社は、本殿のある稲荷山全体が神域として信仰の対象になっているらしいですが、稲荷山を一周するのはかなり大変そう。
a0122931_1971598.jpg

歩けど、歩けど、まだまだ、鳥居は続きます。
ここまで長いと、ちょっと、飽きてきます。笑
a0122931_1975963.jpg

a0122931_1974733.jpg
暫くすると、「三つ辻」という別れ道があったので、そこを左に曲がり、裏参道経由で引き返す事に・・・。
これで、散策終了です。
次は、宇治の平等院を目指します。
a0122931_1911425.jpg

[PR]
by kansukenator1 | 2014-10-13 23:17 | 散歩/旅行 | Comments(0)

祇園の風情に浸りながら、江戸焼き鰻に舌鼓!祇をん う桶や「う」@京都

此方は、祇園にある江戸焼き鰻の名店。
a0122931_12431110.jpg

人間国宝の手による大きな杉桶に、鰻の蒲焼を筏状に並べて供される「名代・う桶」で知られるお店です。
a0122931_12375610.jpg

数週間前に予約を入れ、京都旅行初日のランチで伺いました。
a0122931_1232994.jpg

場所は、花見小路を建仁寺方向に歩き、3つ目の角を右に曲がり、次の角を左に入ると、すぐ左手に看板が見えます。
a0122931_1231185.jpg

本通りを一筋中に入っただけで、街の喧騒から逃れた京都らしい風情を感じる大人の雰囲気に満ちた街並みに変わります。
a0122931_12362194.jpg

築100年に及ぶ古い町屋を改装して作ったと言う此方の店構えは、雰囲気たっぷりで、この静かな街並みに自然に溶け込んでいます。
a0122931_1238304.jpg

店は、想像に反して、結構、狭め!
暖簾をくぐって中に入ると、すぐ左手から厨房が迫って来、右手からは2階に上がる階段が迫って来ると言った感じです。
ここで、靴を脱いで、階段を昇る訳ですが、2人一緒に靴を脱げないくらいのスペースです。
正面奥にはテーブル席が1つ?ありました。
a0122931_12501236.jpg

2階は座敷で、畳の部屋に座卓を並べただけのシンプルな佇まい。
座卓の数は5~6卓ほどで、テーブル間の仕切りはありません。
此方は、ミシュラン☆店だそうですが、敷居の高さや高級感を演出する事なく、どこか懐かしさが漂う庶民的な雰囲気がとても心地良いです。
a0122931_1245720.jpg

当然、満席かと思っていましたが、我々が入店した時、先客は3組だけで、部屋は半分程しか埋まっていませんでした。
しかし、1組帰ると、次の客が入店、と言う具合で、全て、時間差で予約が入っているようでした。
a0122931_12444586.jpg

MENUを一通り眺めましたが、此方の名物、「う桶」以外は、一般的な鰻屋さんと、殆ど変わらない内容でした。
価格も安くはありませんが、かと言って、特別高くもなく、「中の上」と言ったところだと思います。
いや、この場所を考えると、かなり良心的な価格設定と言うべきかも知れません。
a0122931_12425597.jpg

色々戴けるコース料理も良いかと思いましたが、折角、此方に来たので、名物の「名代・う桶」を戴く事に・・・。
「う桶」は、3人前(10,000円)、4人前(13,500円)、5人前(16,380円)の3種類。
a0122931_12463313.jpg

「2人前」がないところがミソで、折角だからと言って、2人客に3人分を注文させる作戦が見え見えなのが、ご愛嬌で笑わせてくれます。
この作戦をバックアップしているのが、食べ切れずに、残ってしまった分はお土産として持ち帰らせてくれると言うシステム。
このシステムが、注文時、客の安心感を誘い、まんまと、店の作戦に、はまってしまうのでしょう。笑
a0122931_12435959.jpg

そう言う我々も、見事に、はめられた客でございます。
と言うのは嘘で、初めから、無理してでも、「う桶」を注文するつもりで伺いました。
お土産のシステムがある事は知りませんでしたが・・・。

肝焼きを肴にビールを飲みながら、待つ事、30分程。
待望の「う桶」が運ばれて来ました。
a0122931_1251357.jpg

杉桶に鰻の蒲焼を筏状に敷き詰めた「う桶」は、ビジュアル的にもインパクトがあり、テンションがあがります。
うな重やうな丼と素材や調理法は変わらないのでしょうが、こう言う演出で攻めて来られると、いやがうえにも気分が高揚します。
仲居さんが、漆塗りの蓋を開けると、大きな手桶の中に、ご飯が見えないくらい、びっしりと敷き詰められた鰻の蒲焼が姿が・・・。
それを見た瞬間、思わず、「うぉ~!」と言う声をあげてしまいました。
桶には、鰻が3匹分。
a0122931_12463192.jpg

お好みで加えられるようにと、別に、タレと山椒が用意されています。
a0122931_12441329.jpg

初回だけは、仲居さんが取り分けてくれます。
先ずは、別の器に用意されているタレを少し、お皿に垂らし、タレだけの味を試してみました。
甘さ控え目な、非常に上品で、さっぱりした味わいの美味しいタレでした。
創業以来20年以上使っているタレは砂糖を一切使わず、3年以上寝かせた味醂を用いる事で、まろやかで品のある味わいに仕上げているそうです。
a0122931_12505152.jpg

次は、鰻だけで戴きます。
鰻は、ふわふわで柔らかな食感、そして繊細でピュアな味わい。
まろやかで上品な味わいのタレと相まって、期待以上の美味しさ。

続いて、ご飯と一緒に戴きます。
すると、鰻だけで戴いた時よりも、味わいが濃厚になりました。
a0122931_12474938.jpg

その理由は、ご飯にありました。
一般的に、うな重やうな丼のご飯は、「白いご飯に茶色のタレが浸みている」と言うレベルだと思うのですが、此方の場合は、「あらかじめ、ご飯はたっぷりのタレで、まんべんなく混ぜ合わされており、ご飯の色は完全に茶色」になっています。
このように、ご飯自体に、しっかりとタレの味が浸みこんでいる為、鰻だけを単独で食べた時に比べて、味わいが濃厚になるのだと思います。
a0122931_12475062.jpg

「う桶」は、もともと、祇園のお茶屋さんに出前する為に考案されたもので、冷えても美味しく食べられるようにと考えた末、ご飯にあらかじめタレをまぶすと言う手法に至ったのだそうです。
a0122931_12533667.jpg

そして、このご飯、もち米を混ぜているのではないか?と思う程、もちもちしているのですが、これも、あらかじめ混ぜ合わされたご飯とタレのマジックなのでしょうか?
a0122931_1254353.jpg

ところで、心配されたボリュームですが、若い男性2人連れならばOKでしょうが、おじさん&おばさんの2人連れにとっては、ちと厳しいボリュームでした。
それでも、頑張って、完食しました。
a0122931_12523945.jpg

ただ、無理した”つけ”は大きく、体が重くて、足が前に進まず、夕食も一口も食べられませんでした。
それでも、後悔はしていません。
無難に、うな重やうな丼で済ますより、此方に来たら、2人客でも、1度は「う桶」に挑戦して戴きたいものです。
a0122931_12444650.jpg

ちなみに、此方のお店、色々な拘りを持っておられるようですが、ポリシーは「今出来る最高のものをお出しする!」と言う事だそうです。
それは、店を開業するにあたり、日本料理、とりわけ川魚を扱う料理店にとって、命とも言うべき質の良い水を確保する為に、わざわざ、庭に手掘りで井戸を掘る事から始めたと言う話からも窺われます。
a0122931_12421525.jpg

鰻は、料理長が「脂が良い」と認める厳選した浜松産の活き鰻を使用。
開き、蒸し、串打ち、焼きの工程における拘りの手間と技。
米は魚沼産コシヒカリ、炭は熊野の備長炭、杉桶は人間国宝・中川清司氏作を使用、と言う具合に、美味しい鰻を食べて貰う為には一切の妥協を排除。
a0122931_1242181.jpg

祇園だからと言って、高級路線を走る事もなく、観光客相手のぼったくり(儲け主義の)商売をする事もなく、祇園の名に恥じない鰻屋として、真摯に営業されている姿(ところ)が良いですね。
a0122931_1923670.jpg

祇をん う桶や「う」
京都市東山区祇園西花見小路四条下ル
075-551-9966
11:30~14:00
17:00~21:00
定休日 月曜日(月曜日が祝日の場合は、翌日)
[PR]
by kansukenator1 | 2014-10-05 18:10 | 和食 | Comments(0)

敷居の高さで守り抜く閉ざされた美の世界!西芳寺(苔寺)@京都

今回の旅の目玉は、この日の訪問先である西芳寺(さいほうじ)
a0122931_12502798.jpg

西芳寺は、通称、苔寺(こけでら)として親しまれてる京都市西京区松尾にある臨済宗の寺院。
「古都京都の文化財」として世界遺産にも登録されています。
また、かのスティーブ・ジョブズも、お忍びで度々訪れていたと言う話も有名です。
a0122931_12514026.jpg

しかし、この西芳寺、京都に数ある寺院の中でも、訪問するハードルの高さでは、一、二を争う存在ではないでしょうか?
a0122931_12553728.jpg

(1)先ずは、ぷらっと行っても入れない。
(2)入る為には、事前に往復葉書で申し込み、許可を取っておく必要がある。
 ※申し込み期間は、拝観希望日の2ヶ月前から受付開始、締め切りは拝観希望日の1週間前。
(拝観時間の指定は出来ません)
(3)拝観する為には、般若心経の唱和や写経等の宗教行事への参加が義務付けられており、庭園の見学だけは認められない。
(4)拝観料が3000円と高い。
  ※これは写経等が含まれた価格であり、他の寺院でも写経料は1000~1500円する事を考えれば、馬鹿高いとは言えないかも知れません。
(5)交通の便が悪く、京都中心街からバスで1時間程掛かる上に、便も多くない。帰りのタクシーも、なかなか来ない。
と、こんな感じです。
a0122931_12565676.jpg

我々が指定された拝観時刻は、午前10時。
前述の通り、交通の便が悪そうなので、ホテル(堀川五条)からタクシーで向かいました。
道路が空いていたので、20~30分、2000円ちょっとで着く事が出来ました。
a0122931_12572844.jpg

此方が、西芳寺の総門です。
a0122931_12493100.jpg

総門は、普段は閉ざされたままで、日常的には、川沿いを少し奥に歩いた所にある「衆妙門」が通用門として使われているようです。
a0122931_1252910.jpg

此方が、「衆妙門」です。
10時になり、許可証を提示して、境内に入ります。
a0122931_12514331.jpg

此方が写経を行なう本堂(西来堂)。
a0122931_1256484.jpg

靴を脱ぎ、拝観料を支払い、奥に進みます。
a0122931_1258382.jpg

a0122931_12585347.jpg

畳敷きの室内だけでなく、足の悪い人や、畳が苦手な外国人用にと、廊下に椅子の席も用意されていました。
足は悪くないですが、畳が苦手な我々は、急いで数少ない椅子の席をゲット!
a0122931_1734472.jpg

参加人数の単位は、1コース20~30人くらいの少人数制で進められるのかと想像していましたが、1コース100人は軽く超える団体仕様の護送船団方式で、ちょっと肩透かしを食らいました。
a0122931_17341932.jpg

しかも、寺側の拝観客に対する対応は、入門受付の男性以外は、物言いも、所作も、総じて、上から目線で、尊大、且つ効率重視の姿勢があからさまで、境内は完全に「商売の場」、「商いの世界」と化しているように感じました。
a0122931_12584879.jpg

さて、前述の通り、此方では、庭園見学の前に、般若心経の唱和や写経が義務付けられており、それらに要される時間は、40分~1時間くらいと聞いていました。
そして、本堂の机の上には、写経に使う半紙や筆ペン等が用意されておりました。
ところが、実際には、般若心経を唱和しただけで、写経は行なわれず、木の札に、自分の願いと住所氏名を書いて、それを奉納して御終いと言う、超「省エネ」の内容で、びっくり。
a0122931_130997.jpg

個人的には写経は億劫と思っていたので、省かれてラッキーだったのですが、この写経を楽しみに申し込まれた方も大勢いた筈。
拝観者の中には、外国の方も大勢おり、この写経を体験する為に訪れた方も少なくないと思います。それを何の事前連絡もなく、カットするのですから、言葉を選ばずに言えば、一種の「詐欺行為」と言われても仕方がないと思います。
a0122931_1305784.jpg

以前は、誰でも自由に拝観出来るお寺だったそうです。
それを、事前予約制に変更した理由は、拝観客のバス利用による交通マヒ、騒音、排気ガス等に対する近隣住民への配慮と言う事で仕方ないと思っていました。
しかし、この日、拝観して感じた事は、「仏の道」よりも、「商売の道」に、どこかで道を外してしまったのかな?と言う事。
苔の庭園は素晴らしいのに、残念でした。
a0122931_1302717.jpg

話が横道に逸れてしまいました。
取って付けたような宗教行事をが終わると、いよいよ、待望の庭園見学が始まります。
見学に先立ち、寺側から、庭園についての簡単な説明があり、後は自由行動となります。 
そして、この説明も然りで、情熱もおもてなしの心も全く感じられない、極めて事務的でテンションの低い説明でした。
a0122931_1314360.jpg

西芳寺は、奈良時代、行基菩薩が開創した古刹で、暦応2年(1339年)、作庭の名手として名高い夢窓国師によって再建されたと伝えられています。
a0122931_1303029.jpg

a0122931_131235.jpg

庭園は上下二段構えの造りで、上段には枯山水の庭、下段には「黄金池」を中心とした池泉回遊式の
庭が配されています。
a0122931_1314346.jpg

a0122931_1322031.jpg
a0122931_1315393.jpg

a0122931_134786.jpg

その見事な構造は後の日本庭園に大きな影響を与え、足利義政が銀閣寺を建てる際に、西芳寺の庭や建物を見本にした事は有名な話だそうです。
a0122931_1341442.jpg

a0122931_1344281.jpg

a0122931_1345392.jpg

a0122931_1824495.jpg
a0122931_17543565.jpg

a0122931_17555725.jpg

a0122931_135467.jpg

また、約9000坪と言われる広大な庭園は、一面、約120種類の苔に覆われ、その緑の絨毯を敷き詰めたような幻想的な美しさは、まさに感動的!
このように、他に類を見ない素晴らしい苔の庭園が出来た背景には、この地が湧水の多い多湿な土地であった事が、その一つの要因との事です。
a0122931_1811166.jpg

a0122931_1813646.jpg

池泉回遊式庭園の中心、静寂さ漂う黄金池。
a0122931_17554020.jpg

a0122931_17573363.jpg

a0122931_1757435.jpg

左奥が長島、右奥が朝日ヶ島、そして右手前の石組は鶴島。
a0122931_17571746.jpg

a0122931_17571288.jpg

a0122931_17554276.jpg

a0122931_1801311.jpg

枯山水石組
今から600年以上前に夢窓疎石に築かれた日本最古の枯山水庭園だそうです。
黄金池から門をくぐって上段に登ると現れます。
a0122931_1822789.jpg

静寂で清々しく美しい苔の庭園。
ハードルは高くても、一見の価値は十分有りの寺院だと思います。
a0122931_182325.jpg

a0122931_1863676.jpg

a0122931_17552537.jpg

a0122931_1813660.jpg

帰り際、苔寺のすぐ傍にある「鈴虫寺」と「地蔵寺」を外からチラ見。
「鈴虫寺」は、願いが叶うパワースポットとして人気のお寺。
a0122931_19452544.jpg

「地蔵寺」は、竹林の美しさと、一休禅師が幼少の頃、修行をされた事で知られているお寺だそうです。
a0122931_19451688.jpg

この後、この日のもう1つの目的地、南禅寺に向かいます。
a0122931_1946385.jpg

[PR]
by kansukenator1 | 2014-10-04 17:37 | 散歩/旅行 | Comments(0)